カワカツ耳鼻咽喉科

名古屋駅前の毎日ビルヂング3Fには医療機関が入っているがその中に「カワカツ耳鼻咽喉科」がある。

初めてかかったのは、たしか1990年の春頃。当時、バブリーな時代の勢いと、自分の若さもあって、予備校や英会話学校の掛け持ちで、めちゃめちゃ働き遊んでいた。「24時間働けますか」というリゲインのCMソングをもじって「24コマ働けますか」と笑っていたが、実際は、それ以上やっていた。

すると当然のように、風邪をこじらせ喉をつぶした。それでも授業に穴を空けられないので、移動の途中で通院に便利なところ、という条件で探して、名駅オフィスビルにある「カワカツ耳鼻咽喉科」というところに、飛び込んだ。

偶然飛びこんだ耳鼻科は大当たりだった。カワカツ先生は名医だった。場所柄、営業マンや近くの名鉄ホールに出演中の役者さんとか「声」が商売道具の大人の喉を数多く診てきたプロ中のプロだった。

近所の耳鼻科は、住宅街にあるので、待合室は、アレルギーの子供とその母親達でごった返しており、躾の悪いガキ共が騒ごうとお構いなしに自分達もおしゃべりに夢中な母親達の中、待合室にいるだけでよけい悪くなりそうで一度行っただけで懲りたが、ここは、患者がみな大人で、マナーがよい。しーんと静かにそれぞれが読書などしているのも心地よい。

それとも、このマナーのよさは、カワカツ先生の「躾」の成果か。カワカツ先生は、60歳くらいだろうか。最近には珍しい「恐いおやじ」だった。いいつけを守らずに薬を飲まなかったり、禁止されているタバコを吸ったりする患者には厳しかった。「あなたに治したい気がないなら、私には治すことはできません。もう来ないで下さい。」と、立派な身なりのビジネスマンが叱られていた。

初診者には、たっぶりと時間をとり、どこがどのように悪くなっているのかしっかりと説明する。そういう患者が続くと、その分、次の人は長く待たされる事になるのだが、自分も最初は時間をかけてもらっているので、誰も文句は言わない。お互いが配慮しあう大人同士の空間が私は大いに気に入ってしまった。看護師さん達も無駄口もたたかず、てきぱきとしており、とにかく気持ちのいい緊張感のある医院だった。

私はここが気に入り、以来20年近く、風邪から喉を痛め、どうしようもなくなると、抗生剤とうがい薬「ハチアズレ」をもらいにこの「カワカツ耳鼻咽喉科」に行くことにしている。今までに、合計で4〜5回は行っただろうか。

先週、4年ぶりに行った。受付をすませて並んで待っていると、中から聞き慣れた張りのあるカワカツ先生の声が聞こえてきた。

ん?待てよ。それにしちゃ、声が若すぎる。な〜るほど。若先生か。
確か4年前に来た時も、病院勤務をしている息子が週に一度だけ担当する曜日があったはずだ。今日は、その日にあたっているのかな?まあ、カワカツ先生ご本人だと「どうしてこんなになるまでほおっておいたのですか」とか叱られそうだから、ちょうどいいか。

とか思ってたら、順番が来た。やっぱり若先生だった。若、といっても、もう40代か。初めてお目にかかるが、それにしても驚いたのは、その「そっくり」ぶり。

マスクをしているので、外見はわからないが、治療の仕方がお父さんそっくり!治療の手順、態度、姿勢、スピード、間合い、話し方、言葉遣い、抑揚、語尾の伸ばし方、何から何までそっくり!まるで、名跡を継いだ歌舞伎役者のよう。

私は感心して、誰かにこの感動を伝えたくなった。吸引の係が丁度顔に見覚えのある古参の看護師さんだったので話しかけてみた。「今日は若先生のお当番の日ですか?」すると彼女はひそひそ声で「お父様はお亡くなりになったんですよ。」と言った。
「え?いつ?」
「今年の五月に。」
「ご病気だったんですか?」
「急性心不全で」

看護師さんは、よけいなおしゃべりをしたくないようだったので、それ以上は聞けなかったが、私は、吸引中「カワカツ先生が死んだ」という事実にボーっとしていた。

まあ20年も経てば、あのころカクシャクとしていらしたカワカツ先生でも、もう相当なお歳だっただろうし、不思議な事ではないのだろうけれど、それにしても。。。。

それにしても、このそっくりな息子さん。どうやったらこんなに似るんだろう?そして、どうしてこんなに似ているんだろう?本人は無意識なんだろうか?先代の客を逃さないように、意図的にやっているんだろうか?自分のアイデンティティとかプライドはいいのぉ?医者ってみんなこうなんだろうか?それとも、このケースが特殊なの?

この謎を解くために、次も喉を痛めたら「カワカツ耳鼻咽喉科」にいってみようと思います。

先代のカワカツ先生には感謝するとともに心よりご冥福をお祈りいたします。